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手術直後の実感まとめ
おしなべて、苦痛らしい苦痛は殆どありませんでした。
直接的なものは、右頭全体の鈍痛(時間の経過と共に範囲が縮小され、逆に痛みははっきりしてゆく)と右鼻の出血と鼻腔の圧迫感。
苦痛というよりは不快の類です。
発熱もなし。
鼻出血とのお付き合いが不快かつ落ち着かない&頭を起こした格好で過ごさなくてはならない(完全に横にはなれない)けれど、その位。

最初の週だけは、身体的な実感としては風邪やら体調不良やらで家で休養していた、その辺りの感触が一番近いです。


右目は最初の数日はずっと熱感があり、ほぼ常にアイシング。
微量ながら目から分泌物も常に出ていて、アイシングのタオル素材は汚れたのでまめに交換。
縫合糸により、数日後から目の炎症が酷くなり、これはやや不安で不快でした。目から血が出たのは初体験だった。でも術後に通常起こる症状です。とにかく最初の1週間は何でも鎮痛薬を飲めと言われたのですが、後述の理由で我慢を選択。抜糸後は楽になってゆきました。

鼻出血は3日で止まりました。
止血後は後で、右鼻の奥に常に何かがある感触があり、非常に落ち着かない。ピロピロする感じ(笑)
運よく出てきたときに見たものは、巨大な1〜2cmほどの血と鼻水の塊、すなわち鼻くそでした(笑)
あんなにでっかいの見たことないからびっくりした…
生理食塩水で洗うことを教えてもらってからは取り易くなりましたが、術後2週間ほどは洗ってもすぐに出来る落ち着かなさとのお付き合いでした。
鼻の穴と中の浅い所もこじ開けているので所々切れていて、治るまでは多少痛い&不快だった。


処方された薬は以下だけ。
Hydrocodon-Acetaminophen 5-325 麻薬系鎮痛剤。日本では非認可ですが、こちらでは一番一般的で安全と言われています。
Ondansetron HCL 4mg 上の副作用止め。使いませんでした。センナでも構わないとか言われたのでそんなものだと思われる
Erythromycin 0.5% 縫合糸とドレン後に塗る軟膏。一般的な傷の感染予防でしょうね。
軟膏以外は必要ならどうぞ、というもの。

鎮痛薬、流石に最初の数日は切れると首や頭の鈍痛が強くて服薬していたものの、便意が全く起こらないことに閉口してすぐ止めてしまいました。結果前述の症状に悩まされるものの、鎮痛薬を使うほどだとは思えなかったんだよなぁ。
こちらでは過剰使用による依存や中毒も問題視されていますが、うーん確かに気持ちいいというより全身の苦痛が全部取れる(肩こりとか腰痛なども)ので心地いいんだけど、脱力感と便意の起こらなさ加減が苦手なので、私はいらないな〜。


実際のところ一番大変さを感じたのは、手術の出血による貧血。(輸血・自己血輸血共になし)
元々安静を言い渡されていた術後一週間は、ほんの少し動くだけで体が辛くなりました。
元来貧血持ちで(手術には支障なしとのこと)、手術の4日後はあまりの息苦しさに救急車を呼んだほど。バイタルチェックで異常がなかったので、そのままお帰り頂きましたが。
元々以前飲んでいた鉄剤を自分の判断で再び飲み始めて(術前は止められていたが、術後はOKとのこと)、徐々に改善されていきました。
こちらでは日本では処方薬の鉄剤がサプリとして市販されていて、A医師にも聞いてはみたものの、好きに飲めと言われてしまった。
体力の回復には2〜3週間ほど掛かったかな。
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手術翌日
朝6時台だったと思う。
A医師がやってきた。大変だなぁお医者さんの仕事…
ちなみに入院後、A医師とはこれが初対面でこれきり。耳鼻科医とはついぞ会わなかった。
旦那は手術直後に疲れ切った様子の2人から直接説明を受けたという。
何せ海綿状血管腫はとぐろを巻いていたそうですから、取るのに難儀したとのこと。

意識が戻ってすぐに、旦那から腫瘍は全部取れた&再発の心配はないと聞いていた。
取れる可能性は非常に低いと思っていたので嬉しかった&結果オーライで手術した甲斐があったなぁと思っていた。
ということはハイリスクだと分かっていたので、右目の残存機能には期待していなかった。

まずドレンを外す。特に心配していなかったが、わざわざ「全く痛くないよ。ちょっと気持ち悪い感じはするかもね」と説明された所を見ると、米国人は日本人に比べ痛みには弱いんだろうな〜と思った。
先進国で実際日本だけだと思う、痛いのを薬を使わず我慢させるのって。
実際、何の感触もなくドレンが外れる。
その後、右目の機能確認。瞼が動かないのでA医師が無造作に瞼を押し上げる。
術後初めて、一瞬焦った。何も見えない。
あっこれはダメかな?と思った、が、じきに明暗が分かった。
もう少しすると、目前に出された指の輪郭だけ、だが分かった。

A医師、あからさまに喜ぶ。

おお。これはやっぱり実際に確認するまで分からなかったんだろうな〜。
これだけ視神経周りと筋肉と血管と触っていたらそうだよな〜。

この時点では視力の質は問題ではなかったらしい。
残っている時点で、視力は徐々に回復していくと言われた。

といっても今は自力で瞼を動かせないんだけど。
視力より、今後瞼が開く気が全くしない。

で、もういつでも退院していいよ、と言われてむしろ焦る。
こちとらまだ看護師呼ばずにトイレに行っていいとすら言われていないんですが…
両日中は何時までいてもいいらしいので、ゆっくりしていけばと看護師。
いやまだ全然動ける気しないです…


ともあれ、夫婦そろって気が抜ける。
流石に私も旦那もお腹が空いた。
と思ったら、ミールサービスが注文を取りに巡回に来た。
こちらでは病院が食事を自動で出してくれるということはない。病院内のレストランなのか契約店なのか、がルームサービスよろしくメニューを持って注文を取りに来る。よって付添も注文はできる。
そのメニューがまたすごい。完全にアメリカンの普通食。全く病人向きではない。
ハンバーガーとか、サンドイッチやサラダ(こっちのボリューミーな)とかフライドポテトとか、そういうの。
私達には全く関係がないので問題なかったが、これ食事に支障のある人はどうするんだろうと思った。
(本当に必要な場合は専用食が給仕されるらしい)

看護師はアバウトにやって来るが、点滴もとっくに外れたし、トイレに行く以外はやることもない。
両手のルートが邪魔でストレスに感じられてきた。
暇潰しに時折スマホをいじる。少しですぐに疲れる。正確には右頭全体が痛くなってくる。

朝はごく軽く済ませたので、再び遅めのお昼を取る頃には、帰宅ラッシュの前に退院しようかという話になった。
とはいえまだ歩ける気もしない。相変わらずトイレの際に看護師は呼べと言われるし。
かなり強引に環境を変えることになるんだなーと思ったけれど、ふだん病み上がりって無理矢理動く方が元気になったりするよなーとも思い。

退院時間を告げ、ルートを外したり手続きをしたり着替えたりして、退院したのは16時前頃。
玄関までは看護師が車椅子で運んでくれたが、そこからはもう自力の移動。
具合が悪くなったりしないかなぁと少し心配になったけれど、何事もなく家の車で帰宅した。
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手術当日-術後
一瞬後に目覚めたときは、術前室と同じ視界だった。(場所は違ったらしい)
おそらく4〜5人?スタッフと旦那もいて、あー通訳してくれるから大丈夫だなと考える。
全身麻酔が切れてほんの一瞬だけ、ひどく苦しい感覚に襲われたが(例えようがない)、瞬時に点滴ルートから薬を入れてくれたので何ともなくなった。
移動した記憶はない。次の記憶は一般病室。

私の右目はどのような状態になっていたかというと、覆いは一切ない。包帯もガーゼもなし。
傷口に縫合糸と、その横に事前説明通りドレンが付いていたのみ。ドレンといっても受け皿は顔にテープで止められている位ごく小さな使い捨て軽量試験管で、大いに拍子抜けした(もちろん想像と大いに違ってホッとした)
入院中、点滴(夜中に外された)とドレン(早朝に外された)以外に有意識下で繋がれたものは無く、心身共に本当に楽だった。
周辺全体が熱を持って腫れている。事前説明通り。アイシングしていた。
目の周囲というか右頭半分には重くドーンとした感じはあるが、これなら術前の鈍痛の方が痛かった。(それだって大したことはなかったが)
瞼は全く動く気配がない。ああそうなのかーと思った。
骨を切っているが、直接的な痛みは感じない。
鼻の方は切った右に常に鼻血が出ている感覚だけはあるが、全くもって痛みはない。呼吸もできる。

総じて、手術した!というような痛みや苦痛はない。拍子抜けするくらい。

では、手術直後ちょっと困ったな〜とか煩わしいな〜と(他人事のように)思ったことは何かというと。
・右鼻からの出血は微量だがずっと続いていたので、頭を動かすと鼻血が垂れるため、身体を真っ直ぐにして寝ることや自分で立つことはNGだったこと←安静にしていても、常に喉奥に血が垂れ続けている感覚はずっとあった。鼻の出血は1週間ほど続くとのこと。
・モルヒネ系鎮痛薬と術中の尿管バルーンの影響で(目覚めたときには既に抜かれていた)尿便が著しく出にくくなっていたこと(いきんでも出ない&鼻出血に障るのでいきむなと言われる)

鎮痛薬が切れた所で、感じる痛みは鈍痛型頭痛のやや強いもので、これも術後のイメージとはほど遠かった。
えっこんなに楽なの?というのが、総じて術後入院中の感想。
看護師は1時間おきに来てくれるので、数時間後からは付き添い必須で歩いてユニットトイレにも行かせてくれた。(その前はベッドで採尿器)
トイレは退院直前まで難儀したけれど、すぐに帰宅することを考えると、無理を言って(バルーン入れた方が楽だよと夜中に再三言われた)自力でしておいて良かったなぁと思った。
朝方だったか、シャワー浴びる?とも聞かれたが、どうせすぐ退院だから家で浴びようとそれは断った。

ところで米国の病院は、基本は患者を入院させない。
よって、長期どころか数日入院させる仕組みにも作りにもなっていない。
例えば部屋は個室で、ユニットバストイレ付き。ベッドは移動してきたものそのまま。ベッドの横には簡易流し。
ベッドの上で一切動けなかったから分からないけれど、部屋はベッドで一杯のかなり手狭。ワンルームみたいな印象。
部屋は寒いかなと心配した(米国の建物内はどこも寒い)が、簡素な入院着と薄い上掛けでも問題のない、むしろ若干暑い室温だった。
看護師は夜中だろうが昼間だろうが1時間おきにバタンバタンとやって来て「ヘイガイズ、ハウアーユー」とバイタルチェック。規則だそう。彼らはとても親切で優しいが、睡眠は全く取れない(笑)

ベッドに居ただけだが、動ける状態でもないので、看護婦のチェックで眠れない以外は至極快適。
発熱もなし。
水分は手術の数時間後に解禁、食事は翌朝解禁。いずれも飢餓感は全くなく苦はなかった。


ちなみに、付添の旦那はちょっと大変だったと思う(苦笑)
手術時間は5時間半だった。
付添者の待機所はない。院内の手術課には受付があって、その前のソファ群(一般待合)が家族の待機場所だという。
椅子とコーヒーマシンしかない待合所にずっといるのは大変だし、かといって外に出るような精神状態ではとてもなく、旦那は自分の荷物と私の荷物を持って病院中をウロウロ彷徨ったそうな。
おまけに院内ではその日の食事も手配できなくて(スナックマシーンで小袋を買って飢えをしのいでいた)、結局この晩は旦那も眠れないわ空腹だわ部屋が狭すぎてカラダ痛いわ、と大変そうだった(笑)
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手術当日-術前
受けた個人セッションのおかげで、手術の前々日までは平穏な気持ちで快適に過ごせましたが、流石に前日からは憂鬱でした。

3/28、手術当日。
朝から病院へ。(日付が変わった時点から絶飲食)
9時に着いた早々術前室(この日手術を受ける人が全員待機している場所。パーティションで区切られ簡素にベッドと申し訳程度にソファがある非常にシンプルな作り。海外の病院ドラマに出てくる一時室と大体同じ様子)に通され、まず着替え。
病院着に着替えるのだが、日本のそれとは比べ物にならない些末な作り。割烹着の形なので後ろが丸見えになる。
下着も全部取ってそれを着て、フードキャップも。靴下も渡されたが履きたくないので断った。別に構わないらしい。
これに靴や荷物を入れろ〜なんていうビニール袋も渡される。

次、こちらの病院では何処でも必ず行う身長体重、体温と血圧測定。
去ったら別の看護師が来て、同意書の記入や確認。
また別の看護師が来て、点滴のルート確保。

で実は入院から退院までで一番痛い思いをしたのが、このルート確保だった(笑)
元々血管が極細で、採血の際はどこでも看護婦泣かせ。
点滴は採血よりずっと太い針を左右1本ずつ入れなくてはならないので、かなりのベテランが来たにもかかわらず、いくつかの余分な針ぶっ刺し&左腕からは血しぶきが飛んだ結果(笑)、ベテランが更にベテランに交代してルートを確保。いやーすいませんお手数お掛けしまして。というか本気で確保が無理なんじゃと思ったのでよかった…
これが一番痛かったということは、結果から言うと一連の入院と手術はものすごく楽で快適だった。

この後もとにかく入れ替わり立ち代わり、色んな担当看護師や技師や事務員が来る。このときに処置も保険も手続きも確認も何もかも全部一気に行うため。処置や処理毎に全て分業。
とにかく仕組みが徹底して完璧に作られている印象。そして執刀医が完全に手術だけに集中できる環境と整備が整っている感。例えば日本の病院のように手術の際に麻酔専門医がいない、なんてことは米国ではありえない。

麻酔医も耳鼻科医とA医師のサブ医師(元々助手位置と思われる医師が各々に付いている)も説明と確認に来る。
慌ただしいことこの上ないが、おかげで憂鬱になっているヒマもないので有難い。
なお執刀医の2人は仕事中で来ない。どうもそういうものみたい。

術前1時間ほどは、こうしてベットの上だが慌ただしく過ぎた。
全ての処置やら手続きやらが終わったのか、その後はパタリと止む。こうなると待ち時間が…思い返してもこの時間が一番嫌だったなぁ。
たぶん小一時間ほど何もない時間を過ごした後、いよいよ呼ばれて手術室へ向かう。旦那とはここでお別れ。
ストレッチャーで運ばれ、手術室の前からは自分で歩いて手術台に乗って…初めて手術室の中というものを見たけれど、想像よりずっと簡素で大仰な所がなかった。
足にマッサージ器を付けるよ、と言われ付けられた辺りで記憶がない。ルートから麻酔が入ったのだと思う。
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手術の段取りを進める
2月。
A医師に不明な点を質問し説明して貰った。

・切開する骨とその概要(とにかく骨を切るのは嫌だったし、対処療法になるのも嫌だったのです)…蝶形骨(眼窩)の右横、篩骨(鼻腔から)。まず耳鼻科医が鼻腔から骨切開して腫瘍を内側から押すことで手術領域(視界)を確保する。その後に眼科が蝶形骨を切る。
 ちなみに切開箇所(傷口)は瞼の右横。目尻です。実際2cm程度でした。

・上を踏まえて手術内容の確認…開けてみて、腫瘍が取れそうであれば取る。
 無理なら骨を切って眼窩内に腫瘍が成長するスペースを確保する(対処療法)。

・手術時間は?…5時間位

・入院期間は?…一泊二日(手術当日に入院、翌日退院)

・術前検査の有無…ないよ(マジか→マジだった)
 系列の個人内科医に掛かっていた履歴があるためとも考えられます。そこで血液検査は行っていました。
 この病院は系列医院のデータは全て一括管理されている
 結局、それも含めると検査は過去のMRIとCTと血液検査だけだった…

・術後のケアは?…特に何も(マジか→マジだった)
 術後2週間はフットボールはできないけどね(ジョーク)

・リスク、デメリット等…ごく一般的なもの(全身麻酔の手術です)以外は特にないなぁ

・費用について…医師の管轄ではないので、担当者と保険会社から後日概算の連絡がある
 実際のところは保険でかなり安く済みました。今日現在迄の手術入院分の請求合計は$2500ほど。保険適用がなければ×10。※MRI等の過去の検査費用はまた別(MRIは高かったです)

当時のメモが残っていないので、上記の質問項目はうろ覚えですが、要約すると術前後共に拍子抜けする位何もない、というものでした。
そして実際にそうでした。
唯一出された指示といえば、出血に関連する薬は術前2週間から服用を中断する、というものだけ。
(そもそも普段飲む薬はなかったので、何も関係なし)


疑問点が解消したところで、手術をする旨を伝える。
ここからスケジュールが動き出す。
後は旦那に段取りをお願いして、スケジュールや費用や手配等が固まって行く。
手術日は3/28。年始に耳鼻科医の秘書から告げられた、これより前は空きがないと言われた日の2週間後でした。
既にあれから2ヶ月経っているにもかかわらず…ということは緊急性が高いということなんだろうな、と手術日が決まった時点で思った。
実際、手術2週前頃から自覚症状が著しかったので、以降なら本当に厳しかったかもなぁ…と今にして思う。
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こんにちは。ここから整体院・おおのしほこです。
1975年11月29日生まれ、いて座A型
音楽・着メロ制作→整体師→駐在員妻にてジョージア州在住。

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